出荷量は少ないが、市場の高評価が実績

久保田 尚樹(くぼた なおき)さん
脱サラ農家として、トマトのハウス栽培を開始。小規模ながら、地元の農協直営店や道の駅で評判のトマトを提供している。新規就農者として、市場に先行するベテラン農家とバッティングしない道を探り、手間をかけたこだわりのトマトで活路を開こうとしている。
[インタビュー訪問日:2016. 8.9(火)]

 

就農3年目。経営安定化のため、田んぼは止めた

僕は小松市出身。ここではよそものです。就農して3年目、それまでは技術職や営業のサラリーマンでしたから、農業はまったくの畑違いです。石川県の就農者向け制度「いしかわ耕稼塾」に2年間通いました。「耕稼塾」に入り、肥料の計算からスタートし始めたので、周りの皆さんから比べたらとんでもなく低い知識しかない。

叔父から引き継いだ土地が、田んぼで2.5町ありますが、田んぼは去年で辞めました。新規就農でお金がないうえに設備投資も要だったので、そこに投資するお金と施設園芸に投資するお金で、どちらが自分に合うのか、早く安定するかを、「耕稼塾」1年目が終わった際に計算した。そしたらコメは諦めないと、となった。労働力が、僕、母、叔母しかおらず、コメ農家としてアプローチするのは無理かなと、ハウストマト栽培に絞りました。

 

土を買って入れ、トマト用ハウスを3棟建設

田んぼだった土地に土を入れ、トマト栽培用のハウスを建てたのが去年。土が200万円、ハウスは県道側が150万円、この組立ては農協にお願いしましたが、残り2棟の組立は自分でやりました。土はなかなか買えない。この近辺だと2か所に限られます。他にも良い土を売っている所はありますが、遠ければ運賃がかかり、2~3倍の価格になってしまう。

投資分の元はまだ取れてないですよ。今のところは国の給付金で年間150万円いただいているので、「それで、何とか生活費になるかな」っていう感じです。

借金はしていません。サラリーマン時代の早期退職で多少はもらえたのと、義理の久保田の親が農業を継ぐのに納得した後すぐに亡くなり、資産を引き継いだので、現金が多少ありました。農業の場合、借金があったらもっと一生懸命やらないとダメでしょうね。いま、トマトの味で付加価値化を進めているのも、無借金だからできると思っています。借金があったら、それこそ出来たものは全部売らないと。

 

トマトの好みの年齢差。年配者は酸味、若年層は甘味を好む

基本、美味しくなるように育てて、ちょっと出来の悪いものは弾いています。そうじゃないと評価が低くなります。トマトは、でき始めの1段目はどうしても味がうまく乗らず、糖度8度まで大体いかない。ただ、酸味とのバランスは1段目のほうが取れていて美味しいとは言われます。「ただ甘い」のでなく、バランスがいい。2段目からは徐々に糖度が上がってきます。糖度10度ぐらいまで甘くなると、こんどは年配者からクレームが来ました。職場の知り合いのお母さんお父さんに何回か食べてもらったことがあり、それをきっかけにJAの農産物直売所「元気村」でリピーターになってくれていますが、何回か話を聞きに行ったところ、「品種が変わったのか?」とか、「酸味が減って、ちょっと食味がね~」と言われました。そんな感じで、糖度が高くなって酸味が消えると、年配の方には若干不評です。若い人には受けがよいですけど。

植物なので、ずっと同じ味にはなりません。そのあたりが難しい。

 

Aコープに出した「夏秋(しゅうか)トマト」が高評価

「フルティカ」や「大玉」を売っています。今は、「夏秋トマト」っていうのを作っています。このトマトは生るのが早いので、味の抜けはあります。トマト農家での栽培の少ない品種です。今の時期(=最暑期の8月)に始めると、高温で難しい。傷みが早いというか、育てるのが難しい。

「夏秋トマト」は最初どうしても味が乗りません。秋になると、寒くなるので味が乗ってきて、10月辺りがおいしくなります。Aコープさんに出していて、去年もすごく評価が良かった。全数売れています。

市場に出回るトマトには、「春トマト」と「夏秋トマト」と2種類あります。それと、加賀市の梅田地区のように、通年ハウスで養液栽培されるというパターン。日本海側だと、大体その3パターンですね。太平洋側に行くと、日光がちゃんとあるので、温度もかければ本当に1年中採れるトマトもあります。

 

一日の寒暖差がトマトの味をよくする

味を決める要素の一つに、一日の寒暖差があります。暑い時間帯と夜温の寒暖差です。

ハウスの中の気温は、快晴の時で外気温+15℃まで上がります。今日くらいの曇天であれば、+10℃弱。ハウスを全部開けっ放しにすると、夜温は約22℃になります。

ハウスの屋根には遮光剤をかけています。遮光ネットを掛けるという手もありますが、人数が必要です。今の経営の仕方では労働力がそんなにないので遮光剤を使います。遮光剤のかけかたが適当で雑すぎるので笑われますが、どうせ太陽が動くからバランスとれるだろうと言っています。しかも、雨などで2~3か月で取れてしまう。これは3年間同じやり方をしています。

 

風の通りを重視し、畝の間隔をゆったり

「小松のトマト農家さんや他の農家さんより味が良い」と言っていただけるのは、たぶん風の通りがよいおかげです。苗の間が50cmほどとか、4畝ぐらいで植えている農家もありますが、そうすると風が通りにくい。

ここにはゆったり植わっていて、風がまぁまぁ通ります。風を通した方がおいしくなるし、病気にもなりにくい。ゆったり育っています。ハウスの周りに何も無いので、日照量もすごく多いし、風も比較的ちゃんと通ります。

 

 

あえて手間をかけ手灌水、土地の塩分がトマトの味を濃く

あとは、ここの地下水には塩が混じっていて、土に適度に塩分が含まれているので、この土地がトマト栽培に向いていたようです。味が濃くなる要素はあったということです。

前に一度、苗にまく水を地下水でやろうかと考え、業者さんと農協さんを呼んだら、「たぶん塩が出るから、それはやめた方がいい」と言われました。元は沼地で、土地改良で干拓というか整地したところです。大聖寺川の海水と淡水の分岐点が、この辺りらしい。なので、水やりにはさすがに使えません。

散水は、多くのトマト農家は下から灌水チューブでやっています。一方、うちは手灌水です。軽トラに水を入れたタンクを積んできて、畑の様子を見ながらやっています。水があり過ぎるなと思うときは、まったくやりません。その辺りで、まだ3年目の新人の僕の技術だと、まだまだ傷みやすいっていう問題はありますが、味を付けられる要素の一つにはなっています。

こんな手間をかける人は、なかなかいないだろうなと思います。無借金でやっているからこそ適当にやれます。

 

トマト用の土づくり。有機に近いやり方

トマトで本気で攻めるなら、緑肥(トウモロコシみたいな草です)を植えておいて、2~3か月したら漉き込み、たい肥にします。同じやり方は、加賀市では居ないと思います。人とは違うことをしないと、売れないですよ。

有機栽培と謳うつもりはないですが、どちらかといえば有機に近いやり方です。ただ、謳ってはいないものの、味はそれによって変わっているかなと思っています。

土を入れ、おからと米ぬかを一回発酵させて吸収しやすくさせて、ぼかし肥料を入れています。今はにおいが抜けて、畑にいてもにおいませんが、本当はくさい。トマトの美味しさを左右するのはリン酸です。米ぬかにはリンが多く含まれているので、米ぬかを使います。それを自然に入れるようにしています。そこに、納豆と燻炭を入れると温度が上がるんです。

肥料についても、値段は少し高めにはなりますが、できるだけ有機資材メーカーのものを使っています。

 

ネギは、現状では片手間

トマトが終わった時期、去年の冬は、かぶら寿司用の青カブと、ハウスねぎをやりました。

実は、ネギの部会に入っているのですが、今年は構ってやれない感じになっちゃって。田んぼ1枚を乾かして、ネギはそこを使おうかなと考えています。あとは、近所の人が「高齢化でやれないから、やって」と言ってくれている小さな土地があるので、そこでちょこちょこっと植えてやろうかと。ただ、バタバタで手間が掛けられないので、ネギの評価はまだまだ低いです。

小松菜も少し育てています。今の時期は、普通の農家さんは稲刈りの時期。その隙間なら売れます。新規就農でやるとなると、そうした隙間を埋めるか、初期投資をして最初から規模大きくやるかですね。一農家として新しく入った以上は、先輩方と同じことやっていてもダメ。

夏場忙しい時は、ネギの土寄せとか全然追いつかなかった。そこへ行くとプロのおじいちゃんはすごいなと。すごく良いものを作られます。だから、ネギの部会に入ってはいても、どうしても同じ感じでは出荷できない。ネギは味で差が出ないので、キツイじゃないですか。トマトだと、味さえ良ければ分かってもらえます。特徴を持たせて作れば、ストーリーもできますからね。

 

 

今後の経営展開を、模索中

今後どうしていくかは、迷っているところです。もちろん当面はトマトかな。せっかく評価をいただいていることですし。たまに母親が、「梅田地区のより、おいしいって言われた」と喜んで帰ってくるんです。新規で入った人間としては、今のところ成功しているのかなと。

レストラン向けに納めることも始めたいですが、現状では、すべて完売しているので、さらに販路を広げるには収穫量が足りない。母、叔母、僕の3人という今の労働力で、あまり無理はできません。ここからどうしようかなという所にいます。

農林事務所からは、「トマトを増やして、それに専念しろ」と言われますが、増やすためには今のやり方を変えないといけない。それは怖い。バルブをひねれば水が出ますっていう自動給水方法もありますが、もしそれを導入して味が落ち、お客さんが離れてしまったら元も子もありませんからね。人を雇って増やすとなると、売上が今の3倍くらい要るなという計算になりました。土地はありますが、「3倍稼いで、はじめて一人雇えるかな?」と。だったら、今のトマトで味を良くして、それで単価が上げられればいいのかな、と考えています。

 

栽培しているトマトの売り先

今販売しているのは、Aコープ、元気村、軽トラで直売りに回る個人のお客さん向けです。叔母もそうやって売るのが好きです。コストはかかりますが、近所の方にはそういう売り方のほうがいいかな。

大聖寺では昔から、柴山地区(片山津温泉の隣の地区)のトマトが売りに来ていたのですが、柴山地区の農家が高齢化で段々なくなってきているので、そこにスライドして入るという戦略です。

 

糖度が落ちるシーズン後半、出荷を抑えるか続けるか

柴山地区のトマトを昔から食べ慣れているので、地域の皆さんは味を求められます。たとえば今年だと、糖度がマックス11~10度は超えます。それが後段には8まで落ち、さらに7へと落ちてくる。そうすると評価が下がっちゃいますね。せっかく上げた評価をあまり落としたくない。

だから、僕は「シーズン途中でも出荷を切りたい」と思っていますが、叔母は「もったいないから残そう」と言っています。出荷終わりの時期を巡り、身内でバチバチ喧嘩しているんです。

儲けがきちんと確保できている「ちゃんとした農家」なら別ですけど、現状3棟だけなので、農家として今後どういうふうにやっていくか、悩むところです。